わろてんか月の井団吾(波岡一喜)の実在モデルは桂春団治?本名ネタバレも!

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こんにちは☆ちゅらぱんです!

今朝は伊能栞役の高橋一生さんが登場しましたね!目の保養♡癒されました♡
わろてんかも笑売編に突入し、続々と新キャストが登場!
ネタバレ覚悟で実在モデルなどをウォッチしていきたいと思います♪
そんな私が今日書くのは、波岡一喜さん演じる、落語界の風雲児・月の井団吾について。
どんな人なのか早速見ていきましょう!

 

 

 

わろてんか 落語家・月の井団吾とは!?

月の井団吾(波岡一喜)は落語界の浮雲児と呼ばれる、大人気の落語家さん。
藤吉(松坂桃李)がほかの芸人を切り捨ててでも、団子と専属契約したいと
惚れ込むほどの落語家さんです。
しかし、「破天荒」という異名を持つほど、たくさんの借金を抱えており、
てん(葵わかな)と藤吉の経営する寄席「風鳥亭」には出てくれません。
また兄弟子となる月の井団真(北村有起哉)との関係も複雑・・・
てんと藤吉の寄席には果たして出てくれるのか!?

 

 

 

わろてんか 月の井団吾のあらすじネタバレ

 

月の井団吾は落語界の浮雲児。
人気落語家で、芸も一流。
相当な稼ぎをしていたが、破天荒すぎる金使いで多額の借金を抱えていました。

 

2件目の寄席を手に入れた藤吉は、月の井団吾と専属契約を結びたく、
団吾のもとに足しげく通うも、話を聞いてもらえません。

そんな矢先、借金取りから逃げていた団吾は藤吉の寄席「風鳥亭」へと逃げ込み、
謝金と同額の2万円を契約金とし、月給500円で専属契約する話を藤吉に持ち掛けます。
またその他の条件として、兄弟子の月の井団真(北村有起哉)が地方巡業の際、
団吾を名乗っていることから、団真を藤吉の寄席には出さないことを付け加えます。

 

藤吉は団吾の条件通り、専属契約金の2万円を用意することを約束しますが、
これに反発したのが、キースや万丈目らの芸人たち。
あまりにも自分たちとの待遇の違いに不満を持ち、なんと寄席のボイコット、
ストライキを起こしてしまうのです。

ストライキを起こされたことから、出演者がおらず困り果てたてんは、
団吾との約束を破り、団真を寄席にあげてしまい、大きなトラブルとなってします。

 

なんとかこのトラブルを回避しようと、てんと藤吉は、団吾と団真の関係を
修復しようと試みます。
しかし団吾は団真の妻、お夕(中村ゆり)のことが昔から好きだったため、
3人の関係はとても複雑。三角関係というものだったため苦戦しますが、
なんとか関係修復に成功します。そして団吾は無事に専属芸人となるのでした。

 

 

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落語家・月の井団吾の実在モデルは?

月の井団吾(波岡一喜)の実在モデルは、初代・桂春団治と言われています。
初代・桂春団治は、「八方破れの春団治」「すかたん」などの異名を持つ方でした。

 

 

旧字体の表記では「」。

本名は皮田 藤吉。(1878年8月4日~1934年10月6日)
最後の妻・岩井志うとの結婚では、春団治が婿入りという形をとったため、
以後の本名は岩井 藤吉となった。

 

川に飛び込んだり、真っ赤な人力車を走らせるなど、落語よりも奇行で話題作りをしては、

新聞や週刊誌で報道されて、人気をあげていき、落語「三友派」の大看板までに昇りつめました。

 

初代・桂春団治の落語は早口。擬音やギャグが多く、漫才のような落語だったため、
「古典落語の破壊者」、「爆笑王」の異名をとり、落語界が低迷する中でも、
桂春団治だけは人気を取り続けたそうです。

 

桂春団治には妻、東松トミがいましたが、薬問屋の「岩井松商店」の未亡人(後家)「岩井志う」を射止めたため、妻を捨て再婚しました。

この再婚は婿入りということもあり、当時の世間を騒がせ、初代・桂春団治は「後家殺し」の異名で、人気をまたあげていきます。

 

 

桂春団治は再婚相手、岩井志うが持っていた莫大なお金を元手に、三流の寄席を買収。
「浪速亭」をはじめ、「浪花派」を立ち上げ、次々に寄席を買収して勢力を拡大していきます。
しかし一族を率いて遊んでばかりいたため、寄席をすっぽかすことも。
それが原因で客足が悪くなり、みるみるうちに借金が膨らんでいきました。

 

多額の借金を抱えた、初代・桂春団治は「浪花派」を解散させ、「インフルエンザが流行している」との口実で、大阪から逃げ、中国・九州地方に巡業に出ました。

 

 

そこに目をつけたのが吉本興業の吉本せい(林せい)
吉本せいは、桂春団治の借金を肩代わりし、月給700円で桂春団治と専属契約を結びます。

 

700円という価値は大金です。当時は1000円で家が建ったのですから。

 

しかし金遣いの荒い春団治は、いつもお金に困っており、
そのたびにレコードを吹き込むアルバイトをしていましたが、
レコードの二重契約で借金が膨らむ始末だったのです。

 

初代・桂春団治は、専属契約した吉本興業からラジオ出演を固く禁じられていましたが、
1930年(昭和5)、JOBK(NHK大阪)に出演。
「祝い酒」を語り、吉本興業から差し押さえられるという騒動を起こしてしまいました。

 

この時、桂春団治は
一番金になるこれは差し押さえなくていいんでっか」と言い、
差し押さえの紙を1枚はがし、自分の口に張り付け、新聞記者に写真を撮らせたそうです。

またまたこれが話題となって、初代・桂春団治の人気は絶頂を迎えます。
しかし、1931年(昭和6)ごろから体調が悪化。寄席にでる出番が減っていったのでした。

 

 

初代・桂春団治は、弟子の桂小春団治に「春団治」を襲名させたかったが、
吉本興業に借金があったため叶いませんでした。
そして吉本興業の意向によって、桂福団治が初代の借金を背負うことを条件に
「春団治」を襲名。

初代・桂春団治は日頃から「芸人は借金をせなアカン」と言っていましたが、
寄席に復帰することなく、借金はしたらアカンと言い残し、
1934年(昭和9)10月6日、胃がんのため死去した。

 

 

まとめ

わろてんか、落語家・月の井団吾(波岡一喜)のモデルは、初代・桂春団治さんでした!
金遣いが荒く、借金がすごく、また女性問題でも破天荒ぶりを発揮された人のようです。
朝ドラでは、このあたりが面白おかしく描かれることになるでしょうから、楽しみです。
毎朝見逃せませんね~
ではではこのへんで!しーゆー

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